シュンラン(ラン科)春蘭 ホクロ ホクリ
報春花 粗大な根をもつ。 として賞味される。 歌 竹 梅 菊 と並び 欠かせない焼き物の 句 和歌で無視されて いるのは妙な話だ。 くさぐさの花 高橋 治 朝日新聞 別名を「山菅(ヤマスゲ)」といい、万葉集にも何首か載っています。 「あしひきの 山菅の根の ねもころに 我はそ恋ふる 君が姿に」。 万葉集には「ラニ」山菅(ヤマスゲ)」の名で記述 時に初春の令月にして、気淑く風和らぎ、梅は鏡前の粉をひらき、
蘭はばい後の香を薫らす。 梅花の花序 万葉集 5-815 |
伊藤左千夫の代表作である「野菊の墓」では “あかぎれ”に塗る場面が登場しますが,
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「母しのぶ春欄 つぼみが三つ」
春欄が三つも蕾を付けた。
昨年はやっと一つ。
その一つに小躍(こおど)りしてしまったのだった。
私にとっては格別の花である。
80歳の峠を越えたころから母は急に弱っていった。
茨城・潮来の長年の一人暮らしのせいかもしれない。
何とかしなければ、このままではと思いながらも、
一方では、このままでは良いのではと責任を回避していた。
そして、月一回の訪れを義務のように思っていた。
その様な私を、母はただただ心から喜んで
待っていてくれた。
ある日、母が春欄を抱えて満面の微笑みで、
訪れた私の方え歩みよって来た。
すっかり なえってしまった足にむち打ち、
タダ私の喜ぶ顔を見たくて、
山に分けはいったのだ。
そんな事情もかまわずに
「危ないでしょう」と云ってしまった。
その母は4年前に亡くなり、もうこの世にはいない。
あの日の母の笑顔が今も焼き付いて離れない。
あのときの母のような笑顔と出会いを楽しみに、
「さあ、介護の職場に向かいましょう」。
朝日新聞 「声」 04年2月4日
介護福祉士 中山 須磨子 川崎市 59歳