経(たて)もなく 緯(ぬき)も定めず
少女(おとめ)らが 織れる黄葉(もみぢは)
霜な降りそね
大津皇子 巻8−1512
緯 (音読み→ イ ・ 訓読み→ヨコイト)
モミヂの見方が面白い一首である。作者はモミヂを織物に見立て、
これを織る少女を想定する。そして彼女が縦糸も横糸もこれといって
きめずに、様々な糸で織りなした布がモミヂだというのである。
全山一面に赤や黄に黄葉している様子をいうのに、
「経(たて)もなく 緯(ぬき)も定めず」というのは趣向がある。
実は作者の大津皇子(おおつのみこ)には漢詩の作があって、それ
によると「霜という杼(さお)によって、葉々の錦を織る」という
句が見える。同趣の表現だから、源泉は中国ふうな表現だったことがわかる。
それにしても歌のほうは、せっかく黄葉したのに霜がおりて落葉して
しまっては困るという心使いがあり、、漢詩のほうでは、むしろ霜に
よってモミヂという布が織られたというのだから、別である。霜よ
降るな、というよびかけは、いかにも和歌らしい、やさしい心づかいで、
モミヂへの思い入れの深さを引き立てていよう。
入江 泰吉 万葉花さんぽ 小学館より