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虎落笛(もがりぶえ)

(もがり)

虎落 (もがり) とは、辞書に依ると、「戦 (いくさ) などの時、竹を筋違いに組み合わせ、縄で縛って柵としたもの」

凍てつく夜、風が木立を 当たり音を立てて風が泣く。

たくさんの風の泣く音に木の枝や電線、柵や竹垣の間など、豪風が狭い場所を一気に駆け抜ける 時にたてる音が、

虎落笛の正体。垣根にぶつかり隙間を抜ける厳しい笛の音に聞こえる音があるそれが虎落笛。

虎落笛という字はあまり馴染みがないかもしれまが、 その音は身近に耳にするす。

同じ意味で言えば風琴と同じだ、しかし 冷たさをがある。

冬の烈風が柵・竹垣などに吹きつけて、笛のような音を発するのをいう。

冬の季語。

「虎落+笛」の組み合わせで出来た言葉

「虎落」で辞書を引くと

【虎落】(もがり(一説に「もがれ木」の意かという。

「虎落」(中国で、虎を防ぐ柵のこと)は当て字)

1.軍(いくさ)などの時、先端を斜めに削いだ竹を筋違いに組み合せ、縄

で繁く結い固めて柵としたもの。日葡辞書「モガリヲユ(結)ウ」

2.枝のついた竹を立て並べて作った物干し。特に高く設けた紺屋の干し場。

「もがり」を「虎落」

竹は表面が光るすべすべ 木は簡単に登れる、竹で作った柵なら虎さえ

落とすと言う意味で「虎落」。《広辞苑・例解古語辞典 第二版 三省堂》

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写真は http://www.yamaju1.com/kakine/17.htm

(もがり)

昔、貴人の死体を葬る前に棺にに納めて暫く安置したこと。本葬の前に行う仮葬。」

一説には「喪あがり」「荒城(あらき)」「殯の宮」の意。

天皇が死ぬと殯宮(もがりのみや)が設けられ、皇子らの近親者が集まって呪術的な祭祀が行われた。

何日間も声を上げて悲しみを表し、遺体には何らかの防腐措置も施されたと思われる。

585年に死んだ敏達天皇の殯は58カ月に及んだ。斉明天皇(594661年)も妹の間人皇女(孝徳皇后)と

合葬されるまで、5年以上にわたって殯が行われた可能性がある。

梅原猛氏は『黄泉の王』の中で「殯の期間というものは、人間の白骨化の期間なのであろうか」と述べている。

持統天皇の火葬以降、その風習は衰退。元正天皇(680748年)は「葬儀を盛大に行い、

人民の生業を壊すことはしない。かまどを造って火葬し、他の場所に移してはならない」と遺言している。

http://www.nara-np.co.jp/special/takamatu/vol_02b_03.htm  

古代日本の葬祭儀礼。荒城(アラキ)ともいう。高貴な人の本葬をする前に、棺に死体を納めて仮に祭ることです。

またはその場所のこと。遺族はある期間を仮小屋(喪屋)にて喪に籠った。それを殯といいます。
 「古事記」や「日本書紀」などによると、死者を生前と同様に扱って蘇生を願いつつ、死を確認する過程兼ね、

それとともに死者の霊魂を恐れ、慰める意味を持っていました。死を確認は、死体の白骨化で確認したと思われます。

殯の儀礼が姿を消しはじめたのは、大化の改新以降で、薄葬令によって葬儀の簡素化がすすめられたためです。
 近世以降では、風葬による白骨化を待つ風習のため死者を青竹で囲んだ殯に1〜3年安置した例があります。

中世には「臨終行儀」といわれる末期に近い患者を別の小屋で経を唱えながら看病し、死を看取ったそうです。

現在の通夜は伽(トギ)などとも呼ばれてますが、それはこの看取りの名残りまたは

殯の数日間に短縮された形式だと考えられます。

神奈川県JA葬祭事業運営協議会(神奈川県のお葬式、葬儀、法事・法要)http://www.jakanagawa-sousaikyougikai.jp/jiten/mogari.html

伊玖磨 エッセイ

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http://www.muramatsuflute.com/essay/ikuma_dan/images/ikuma_dan.jpg青山墓地を歩いていた。別に誰かの墓に花を供えに行ったのでは無い。

えらく現実的な話しなのだが、丁度墓地を抜けると近道になると考えて、

平生余り通った事の無い墓地と墓地の間の小径を抜けていた。

 大きな墓がある。小さな墓がある。妙に目立つ墓がある。目立たぬ墓もある。

大きな墓や目立つ墓が俗に言う偉い人の墓で、小さな墓や目立たぬ墓が偉くない人の墓だとしたら

こんな不愉快な事は無い。美に最も大切な事は均齋 (バランス) である。

均齋を破ってそそり立っているような大きな墓は、従って美しく無い。

例え明治の元勲のような人の墓でも、ああいう醜い石塊は引き倒して、万人平等の美しい墓地を

再創造出来ないものかと、勝手な事を考えながら歩いていると、何処からか、不思議な美しい

長三度の音程が柔かく聞こえて来た。

 柔かい長三度の音程は、A と F に思われた。絶えるようで絶えなく、さして強まるでも無く、時々は

弱まった。僕は立ち止まった。弱い風が吹いていた。指をなめて立ててみた。

微風 (そよかぜ) は西から吹いていた。笛のような音は、正確な長三度を保続しながら、

すぐ近くから聞こえていた。

辺りを注意深く見回していた僕は、目立たぬ小さな墓と小径の間の四つ目垣に吸い寄せられて行った。

音は、竹で作られた、これ又全く目立たぬ垣根から聞こえていた。

風を遮らぬように注意しながら竹の柵の一本々々をよく観察してみた。右から二本目の竹と、

一本おいた四本目の竹の切り口から音がしていた。

一番右と三番目の竹は丁度節のところから切ってあって、二番目と四番目の上は節と節の間が切り口に

なっているために、その穴の上を吹く風が柔かい音を出しているのだった。

当り前の事だったけれども、右の太い方が F を、左の稍々細い方が A の音の原因だった。



 こういう、垣の竹の穴に風が自然に奏する笛の音を、昔の人は 「虎落笛 (もがりぶえ)」 と名付けた。

虎落 (もがり) とは、辞書に依ると、「戦 (いくさ) などの時、竹を筋違いに組み合わせ、縄で縛って柵と

したもの」 と記されている。この時は春だったけれども、虎落笛は俳句では冬の季語である。冬の烈風の

時だったら、春の微風とは異って、もっと高く鋭い音が出る事だろうと思う。


目立たぬ小さな墓の垣の竹が、微かな、然し美しい音を奏でていた事に僕は妙に感動した。

この美しい長三度は、殆んど誰にも気付かれずに立昇り、風が止むとともに止むのである。

ふと、僕は、この目立たぬ墓の主が生前音楽家だったのではないかと思った。

そうで無くとも、きっと心の優しい人だったのではないかと思った。

 虎落笛は、僕が立ち去る迄、ずっと小さな音を奏でていた。

妙に大きな墓は厭なものだ。

虎落笛の人知れぬ小さな墓の方がずっと奥床しい、僕はそう思いながら、墓地を抜けて街に急いだ。

http://www.muramatsuflute.com/essay/ikuma_dan/index.html

 

かって竹を組み縄で結んだ戦いの防御柵をもがり又は「もがり竹」と言った。

強請(もがる)」とかいて反抗する、逆らう、我を張る、言い張るなどの意味がある。

風に鳴る電線や鉄塔、窓ガラスなど物が風に抵抗して笛のような音を立てれば、すべて「虎落笛」と言って良い。

 

虎落笛 一瞬ののち 酔い深し  岩見 静々

美しい日本語 季節の勉強  創元社より

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